「オープンソース」を使ってみよう
(第44回 著作権が世間で理解されていない現状の一例)

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■はじめに

前回述べたように、ほとんどのOSSライセンスは、
著作権行使の「利用」の際の許諾(ライセンス)です。

ですから、皆さんは、OSSを使うとき、
以下の二つの違いを意識しなければなりません。

  1. OSSライセンスを気にしなくてもよい「使用」なのか
  2. OSSライセンスの条件を満たして「利用」するのか

しかし、現実に、OSSライセンスが難しいと言われることがあります。
それは、実は、OSSライセンスに書かれていることが難しいのではなく、
著作権の理解がないままに、OSSライセンスの条文を読んでも意味が
理解できないだけなんですね。

BSDライセンスを気にする必要のある「再頒布」も、GNU GPLv2を気にする
必要な「複製または頒布」も、著作権の「複製権の行使」を指しています。
しかし、その「ほとんどの自由ソフトウェアのライセンスは、著作権を元に
しています」という認識が暗黙的であるために、意識されずに、各OSSライ
センス条文さえ読めば、理解できると思い込んで誤解する人が多いのです。

さらにやっかいなのは、その「複製権の行使」する行為が、世間でも正しく理解
されていないことが、OSSライセンスの理解の妨げになっているようです。
その現状を示す一例を今回は、紹介しましょう。 

■不正確な新聞記事

2016年1月16日に、著作権関連で有名な弁護士・福井健作氏が「何ヶ月も前に
取材された事をだな、原稿チェックもなく、こうして不正確な記事にされると
だな、それは結構痺れるものだぞ。」とツイート
演劇関係の柊かおる氏が「どの部分が不正確にあたるのですか?」と返信されて
いたのですが、1週間近く返信がなかったので、僭越ながら、それらしい返信を
しました。

もともと、元の読売新聞の2016年1月12日の夕刊15面の記事のYOMIURI ONLINE
での記事を見て、論理がおかしいなと気になっていました。

※新聞記事自身は、図書館等で入手できるはずですから、参照の上、以下をお読みください。

GNU GPLをはじめとするOSSライセンスは、著作権を許諾する条件等が記載されて
いるにも関わらず、契約条文と誤解している人が多いのです。
その理由の一つが、そもそも、著作権に対する世間の理解が乏しい、と感じていた
ので、このような記事は、OSSに関係ないけれども、著作権に関するテーマなので
気になっていたものです。

どういうところが不正確な内容なのか順に紹介します。

■無断使用ではなく、無断利用

新聞記事には「音楽の著作権(複製権)の仕組み」という図があります。
図の1番下に「結婚式場での曲の無断使用」とあり、「購入したCD」は「○」だが、
「音楽配信サイトの音楽データ」は「×」とあります。

一般にはほとんど知られていませんが、前回紹介しましたように、
日本国著作権法では、著作権(例えば複製権)を行使する行為を「利用」と
呼び、著作物である本を読む、音楽を聴くなどの著作権を行使しない行為を
「使用」と呼びます。
著作権法に定義があるわけではありませんが、例えば「平成10年2月文化庁
著作権審議会マルチメディア小委員会 ワーキング・グループ中間まとめ

では以下のように用語説明が記載されています。

  • 「利用」とは、複製や公衆送信等著作権等の支分権に基づく行為を指す。
  • 「使用」とは、著作物を見る,聞く等のような単なる著作物等の享受を指す。
  • 新聞記事の図も著作権の行使(または侵害)に関わる話ですから、無断使用ではなく、
    無断利用と記載するのが妥当かと思います。ただし、一般の方は、利用と使用の
    使い分けを意識することは少ないので、これは目をつぶれる範囲かと思います。
    または、記事では、複製権以外の支分権が頭に無く、
    複製が「無断使用の範囲」に納まるか否かの観点でのみ見ていて、
    こう書いたのかもしれません。

    もっと大きな不正確な内容があります。
    なお、著作権には、「複製権」「公衆送信権」などがあり、これら著作権を
    構成する権利を「支分権」と呼びます。

    ■図の不正確な内容の 一つ目

    不正確な内容の一つ目は、「購入したCDは無断利用は可(○)」という話です。

    確かに、複製していないので、複製権の行使はしていませんが、著作権の支分権は、
    複製権だけではありません。結婚式場で曲を利用するためには、購入したCDを複製
    するか否かの問題とは別に、再生しなければなりません。

    新聞記事の最後の段落に説明がありますが、「結婚式場や飲食店、美容院などで
    音楽を流すには、著作権法で定める『演奏権』の処理もしなければならない」の
    です。CDを購入したのが結婚式場側かお客側かは関係ありません。結婚式場の営利
    サービスとして、ある人数以上に対して、再生しているので演奏権の行使にあたる
    のです。

    従って、演奏権に着目すると、
    購入したCDでも無断で(演奏権の行使という)「利用」はできません

    図では、「購入したCDも無断利用は不可(×)」と書かなければ不正確なのです。

    ■図の不正確な内容の二つ目

    実際には、新聞記事の最後に記載しているように、「演奏権については国内の
    大半の式場がJASRACと包括契約を結んでおり、利用者が新たに権利処理をする
    必要はない」。
    つまり、包括契約で許諾を得ているのですから、無断利用ではないのです。

    JASRACサイトの「ブライダルでの音楽利用について

    結婚式や披露宴などで音楽を利用するとき、音楽の利用方法により、作詞者・作曲者など“音楽をつくる人”の権利である「著作権」と、レコード製作者・歌手など“音楽を伝える人”の権利である「著作隣接権」の手続きが必要になります。

    ※ここで気をつけなければならないことは、著作隣接権には「演奏権」が無いこと
     です。従って、著作隣接権者には、披露宴での演奏に関わる権利処理の必要が
     ありません。著作権者の多くはJASRACに権利処理を委託している現状では、 
     JASRACとの包括契約により、権利処理が済んでいることが多いのです。

    ですから、そもそも「著作権の仕組み」の問題ではなくなります。
    よって、この記事での「無断利用が可能か否か」という論点自身が
    不正確な論理の二つ目です。

    このように記事掲載の図では、二重の間違いが混在しており、不正確な記事と
    なっているのです。

    ■記事での演奏不可の論理

    記事では、どういう論理で「音楽配信サイトの音楽データは演奏不可」と
    説明しているかというと、以下のような理由が記述されています。

    私的使用とは、「4~5人程度で、家庭内に準ずる親密かつ閉鎖的な関係を有する」と定義しており*1、結婚披露宴での利用は、その枠を超えている。配信曲は正規に購入していても、携帯音楽端末やパソコンに入れた段階で複製にあたり、式場で流すことは著作権法に抵触するという構図だ。

    *1:著作権法第三十条に記載されている本来の「私的使用」の定義は、以下の通り。
     「個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内において使用すること」
     (下線も含め筆者追記)

    この「携帯端末やパソコンに入れた段階で複製にあたり」という論理がおかしい。
    どういう論理でしょうか。
    「ダウンロード」という行為で「複製」しているのだから、「複製権を行使」して
    いるという論理でしょうか?
    著作権に馴染みのない方が誤解しているようですが、
    「複製(コピー)する」≠「複製権を行使する」
    同義ではありません。

    どういうことかというと、
    一般に、CDを販売するレコード会社は、著作権者の許諾を得て、CDに曲などを
    複製して販売しています。
    同様に、音楽配信サイトの会社は、著作権者の許諾を得て、音楽データをダウン
    ロード(複製)可能にして販売しています。

    どちらも、著作権者に著作権の行使の許諾を得て、販売しているはずですから、
    著作権の権利処理は済んでいるはずです。
    その場合、音楽データをダウンロードしたユーザが、別途、複製権の権利処理
    する必要はありません。

    注:上図にあるように「上記複製の権利処理済み」ですから、ダウンロードしたファイルを新たにCD-Rなどに複製する権利処理がされているわけではありません。「上記複製の権利処理済み」を複製権の消滅(受け取った人が複製してもよい)かのように誤解しないでください。

    つまり、ダウンロードしたユーザが複製権を行使したわけではないので、
    「式場で流すことは著作権法に抵触するという構図だ」とする理由になりません

    ■記事の論理の何がおかしかったのか

    CDの販売における複製権の行使者は、レコード会社です。同様に、音楽データの
    販売における複製権に行使者は音楽配信サイトです。音楽データを購入しダウン
    ロードした人ではありません。

    記事では、「権利の行使」をしたのは誰か、という視点がなく、「ダウンロード
    という行為をした人が、複製権を行使した人」という認識だったので、おかしな
    論理の展開になったのではないでしょうか。

    権利とその権利を行使したのは誰か、という視点が無いと、例え、専門家の話を
    聞いて記事を書いたのだとしても、不正確な理解をしてしまうのかもしれません。
    また、記事で、配信曲の利用を断られた女性が、「CDと同じように買った曲なのに、
    友人の披露宴で使うことが著作権侵害と言われ」たという 話が書かれています。
    著作権侵害と言ったのが、結婚式場なのか、インタビューした記者なのか不明
    ですが、言った人の理解が不正確なためか、間違った命題を設定してしまい、
    「複製『私的使用超える』」という副題を付けてしまったのではないでしょうか。

    あえて書くなら「再生(演奏)『私的使用超える』」でしょうか。だから、JASRACなど
    との包括契約が必要です。ただし、ほとんどの結婚式場が包括契約済みですけどね、
    という話になります。

    ■ネット配信曲が披露宴で使えない理由

    以上がツイートした著作権上は問題無い旨の話で、福井健作氏からも
    「ありがとうございます^^」と返信をいただきました。
    しかし、残念なことに、「ネット配信曲が披露宴で使えない」現実は存在します。
    (筆者は、ネット配信曲を利用したことはないので経験しているわけではありませんが)

    まず、前述の演奏権におけるJASRACと包括契約などを結んでいない結婚式場は、
    CDも含め、新たに権利処理しなければ、著作権侵害になります。

    そして、上記議論の対象になった問題は、いくつかの音楽配信サイトで、
    サービス利用規約に以下のような記述があることが披露宴で使えない理由
    ではないでしょうか。
    (下線は筆者が追加)

    Apple メディアサービス利用規約
    B. 本サービスを利用する
    – お客様は、個人的、非商用目的での使用に限って本サービスとコンテンツを利用することができます。

    Amazonミュージック利用規約
    
    2.1 お客様は、本契約に従い、お客様個人の非商用的な娯楽目的に限り、本サービス等を利用することができます。

    つまり、「個人的使用の範囲に限る」という利用規約に違反するために
    「ネット配信曲が披露宴で使えない」
    わけです。片方のカスタマーサービスに
    メールで問い合わせて、そういう意味だと回答を得ています。

    これらの利用規約は、「契約」と明記され(クリックオンなどで同意を示すように
    し)ていますから、これに違反すると契約違反になるわけです。

    これを記事では、「著作権の複製が『私的使用超える』」のが理由と誤解したの
    かもしれません。

    ところで、CDの場合、帯に以下のような記載があります。

    あるCDの帯での記載
    このCDを権利者の許諾なく賃貸業に使用すること、また個人的な範囲を越える使用目的で複製すること、ネットワーク等を通してこのCDに収録された音を送信できる状態にすることは、著作権法で禁じられています。

    このように著作隣接権者であるレコード会社は、著作隣接権に存在しない演奏権に
    ついては、当然のごとく、禁じてはていません。そこで、上記利用規約では、なぜ
    CDで可能な演奏まで制限する規約としたのか疑問が出てきますが、さきほどの
    カスタマーサービスでは、聞いても理由は、教えてくれませんでした。

    記事と同じような誤解をしている可能性もありますが、レコード会社などが、
    「新規サービスのために使用範囲を限定しないと、これら音楽配信サイトへ複製権
    の許諾する際に契約できない」としたのかもしれません。
    後者ならば、全くのビジネス上の問題ですが、前者でしたら悲しいものがあります。

    これが、ネット配信曲が披露宴で使えない本当の理由のようです。

    ■さいごに

    皆さんの中には、以下の二つの状態を区別しないで「無断使用」と
    言う方もいるかと思います。

    1. 他人の権利を侵害しないから、無断使用可能
    2. 他人の権利の行使の許諾を得ている(権利処理済み)だから、無断使用可能

    新聞記事の不正確の原因の一つもここにあります。この違いを気にしないようですと、
    OSSライセンスの扱いを正しく理解することも難しいかと思います。そのため、今回
    は、このような著作権が世間でも理解されていない現状の一例をご紹介しました。

    ちょっと難しい内容だったと思いますが、実際に、OSSを再頒布する際には、
    このような分析が欠かせません。
    著作権について学ぶと、著作物であるOSSを扱う我々は、もう少し、幸せになる
    のかもしれません。

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    OSSライセンス 姉崎相談所
    姉崎章博
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